フォリオ  シェイクスピア 写真7   

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 ウイリアム シェイクスピア(William Shakespeare 1564-1616)は生涯に七篇の詩と三十七篇(三十九篇?)の戯曲を執筆したと言われています。生前、これらの作品のうち約半分はクォート(四折本)と呼ばれるスモールサイズの本として刊行されましたが、生前に刊行されたものに限ればクォートは、多くのものが、ほんの数部しか残っておらず、なかには残っているのはわずかな端本のみというものもあります。学者は各種のクォートをQ1、Q2と番号を付けてよんでいますが、クォートは、なかには善本と呼ばれている正規に近い本もありますが、悪本と呼ばれている内容のあやしげな海賊版も多く、クォートのみではシェイクスピアの作品のほんの一部分しか知ることができません。その後フォリオ(一折本)と呼ばれる本が刊行されました。なおシェイクスピアの没後も各種の悪本、善本のクオートが刊行されています。
 シェイクスピアのフォリオは1623年から1685年にかけて出版された彼の最初の全集です。フォリオには36篇の戯曲が載っていますが、このうち、丁度半分の18の戯曲は生前のクォートにはなく、初めての出版です。フォリオは第一版から第四版までありますが、大きさはおよそ34cm×21cmあり、全4冊で合計約4000ページ近くある本です。このフォリオというシェイクスピア全集の第一版、第二版、第三版、第四版は、それぞれファーストフォリオ(1623年刊)、セカンドフォリオ(1632年刊)、サードフォリオ(1663年、1664年刊)、フォースフォリオ(1685年刊)と呼ばれています。学者はこれらをそれぞれ F1, F2, F3, F4 と呼んでいます。フォリオはいずれも現存する部数が少なく研究者にとっては極めて貴重なものになっています。
 ファーストフォリオと呼ばれるこの全集の第一版は朋輩のジョン へミングとへンリ コンデルにより編集、刊行されたものです。へミングとコンデルはシェイクスピア劇に俳優として出演したこともあるそうです。彼等は、 (不法な詐欺師のためにみっともなく歪曲化された本) を正しいものとするためにフォリオを編集し刊行したと言っています。その本というのは多分 クォートのことだと思います。
 さて4種類のフォリオのうち最初に刊行されたファーストフォリオは1623年に1000部(700部?)印刷され、一部につき、わずか1ポンド以下で売られましたが、現存わずかに238部(228部?)のみと言われ、そのほとんどに欠ペ-ジがあり、とくに教科書に載っているため誰でも知っている冒頭のシェイクスピアの肖像画のページ、タイトルペ-ジ及び最後のページが最も紛失しており、ファクシミルで補完しているのが現状で、完本はたったの20部といわれています。へミングとコンデルは元俳優で、プロの編集者ではなかったためか、ファーストフォリオはかなりミスの多い本でした。
 セカンドフォリオは9年後の1632年に刊行されましたが、これも36の戯曲を載せており、前記の明らかなミスの修正を含めて、少しは意味のある変更もありますが、その内容は基本的にはファーストフォリオと同じです。ただセカンドフォリオにはジョン ミルトンの詩が掲載されました。1663年と1664年に刊行されたサードフォリオは、少し複雑です。1663年のサードフォリオはそれ以前のフォリオと基本的には同じです。1664年のサードフォリオは同じサードフォリオでもかなり異なり、7篇の別の戯曲が追加されて合計43篇の戯曲が載っています。追加された7篇の戯曲のうちペリクリーズを除いて他の6篇の戯曲は現在ではシェイクスピアの真作とは認められていません。この6篇のうち1-2篇は未だ議論のあるところですが、例え真作でなくともすばらしい戯曲です。さらにこのサードフォリオは1666年のロンドンの大火のため未販売のフォリオを保管してあった印刷所の倉庫が焼失し、それらのフォリオが灰になりました。そのため現存するサードフォリオは,ファーストフォリオよりさらに少なくなっており,それだけ貴重だといえます。
 1685年に最後に印刷されたフォースフォリオは時代に合った新しいスペルへの変更、活字と紙の変更等はありましたが、基本的には、1664年のサードフォリオと内容は同じで43篇の戯曲が載っています。ところでファーストフォリオには多数のミスがあるといいましたが、そのミスを1679箇所にわたってセカンドフォリオで修正しました。その修正の半数が、また誤りでそれをサード、フォースで修正すると言うようないたちごっこでした。17世紀においては、このような事は,編集者の不注意のみならず、当時の活字をひろう植字工は、自分の好きなように勝手に文章を変えてしまう事が習慣であったことも原因になったようです。また当時の本は印刷は一度にしましたが、製本は注文があるごとに少しずつ行っていたようで、そのためか、本の落丁は普通でした。そのため大きな書籍店には、落丁の時、本の購買者に落丁部分のページを渡すため製本前の各ページを用意する必要がありました。実際フォースフォリオは、売れ残った100ページ分欠けた未製本のフォースフォリオと1700年頃(正確な時期不明)新たに不足の100ページを印刷して、これらを組あわせて製本し、いわばハイブリッドの本を刊行したことがあります。ごく一部の学者はこれを、フィフスフォリオと呼んでいます。ところでファーストフォリオの完本はたったの20部といいましたが、落丁のためもともと完本が何部あったかわかりませんし、ポートフォリオ、タイトルページ、最後のページ等が紛失している保存状態の良いファーストフォリオにたいしては、それらのページが残っていて保存状態の悪いファーストフォリオからポートフォリオ、タイトルページ、最後のページを切り取って補てんし完本にすることは、フォリオが重要だと判った18世紀の末から、かなりおこなわれたようです。またこの頃の、きこう書を扱う書店ではポートフォリオ、タイトルページ,最後のページ以外の不足ページを抜きとるためのフォリオを用意しておき冒頭及び最後のページ以外に本文にも不足ページのあるかなり保存の悪いフォリオを仕入れると、その本文の不足ページを補填してより状態の良いフォリオにしていたようです。本文の欠損ページは個々のフォリオで異なりますから一冊の抜きとリ用のフォリオで多くの他のフォリオの本文の欠損ページを補填できました。このため現在残っているフォリオはポートフォリオ、タイトルページ、最後のページがなくファくシミルで補填してあるものが非常に多いのです。さらに次第に抜きとリ用のフォリオを用意することが困難になり19世紀の末から20世紀の初めのロンドン、ニューヨークでは、フォリオの不足部分のページ募集の新聞広告がよく出ていました。従って17世紀の出版直後に購入された時の、そのままの完本のファーストフォリオと補填して完本にしたファーストフォリオとの合計は20部より、かなり多いかもしれません。
 さて4種類のフォリオのうち最も重要なのはファーストフォリオであることは当然ですが、次に重要なのは、サードフォリオであり、そのあとはセカンド、フォースの順で重要で、学問的評価、価格もこの順序です。サードフォリオが2番目に重要なのは、前述の如くファーストフォリオの36篇に対して7篇の戯曲が追加され43篇の戯曲が載っているという意味では初版ということになるからですが、さらに1666年のロンドンの大火のため著しく現存の部数が少ないことも関係しています。フォリオの英文のサイトとしてはイギリスのグラスゴー大学の図書館のシエイクスピアのサイトを、ご覧になることを、お勧めしますが、このグラスゴー大学の図書館もファーストフォリオ、フォースフォリオ各一冊,セカンドフォリオニ冊を所蔵していますがサードフォリオは所蔵していません。これも1666年のロンドン大火の影響だと思います。
 世俗的なことで申し訳ありませんが、フォリオの価格に関してはファーストフォリオの価格を 1 とした時、もちろん保存状態にもよりますが、サードフォリオはその5分の1 から 10分の1 セカンドフォリオはサードフォリオの3分の2 から 2分の1 フォースフォリオはセカンドフォリオの3分の1 から 4分の1 程度の価格です。従って一般にフォースフォリオはファーストフォリオの40分の1 から 80分の1 程度の価格だとおもいます。フォースフォリオに関しては世界中の古書店を熱心に探せば,保存状態の良いものから悪いものまで常時3-5冊程度は見つかると思いますが、昔と異なり現在ではファースト、セカンド、サードに関してはすぐ見つかる可能性は極めて少なく、何年も熱心に探す必要があるでしょう。ちなみに稀こう書をもっとも得意とする有名オークション会社クリステイーズによればファーストフォリオが最後に登場したのは2001年10月でその前は1991年であり、その間10年間ファーストフォリオがオークションに登場したことはなかったそうです。2001年10月10日 ニューヨーク ロックフェラーセンターで行われたクリステイーズのオークションのファーストフォリオの落札値はおよそ7億4千万円でオークション手数料を入れれば、8億円近いと思います。2001年9月の同時多発テロ事件がなかったらもっと高かったであろうといわれています。サードフォリオのクリステイーズでの過去の最高落札値は、およそ8900万円、ニ番目は6600万円でした。セカンドフォリオのそれは、およそ3300万円でした。これらの例は、保存状態が最高の例であって、通常の保存状態あるいは保存状態の悪いものは、上記の2分の1から5分の1程度の価格だと思います。
 この全集の現存する本のほとんどが、極めて貴重にもかかわらず、他の稀こう本に比べて(悪名名高いほど)保存状態がわるいので有名です。当時としてはこれらの本は一般向けの本であったためファースト、セカンド、サードは一応手すき紙ですが紙はかなり薄く、フォースフォリオではさらに紙質が下がり活字も特別のものではありません。さらにフォリオが有名な戯曲であったため、他の稀こう本が大事に扱われたのに対して、多分300年以上にわたって一般の多くの人々が読んだため平均的な保存状態が悪いのでしょう。
 フォリオが第一版から第四版まで全部そろってあれば非常に高価ですが、当院が所蔵しているのは、シェイクスピアのフォースフォリオの43種類の戯曲のうち、 (間違いの喜劇)  (タイタス アンドロニカス)  (アテネのタイモン) (シンベリン)の4種類の戯曲の合計約100ページのみです。これらの4編の戯曲は別々に製本されていますが、もともとは同じ本から分割したもので、すべてバーナード ミドルトンにより、フルケンブリッジカーフで装丁されています。その中から以下に(シンベリン)の戯曲を写真で示します。他にフォースフォリオの(ジュリアス シーザー)と(から騒ぎ)のそれぞれの冒頭のページがそれぞれ一ペ-ジずつですが有ります。フォースフォリオの(ジュリアス シーザー)の冒頭のページも以下に写真で示します。
 欧米では、一流図書館にランクされるためには、フォリオ全四巻とグーテンベルグ聖書の完本を完全に備えることが、一つの基準になっているそうです。日本に唯一ある慶応大学のグーテンベルグ聖書は全体の約5割の不完本のため、この基準からいえば日本には残念ながら一流図書館は一つもないことになります。グーテンベルグ聖書に関してはこのホームページのサブページ グ-テンベルグ聖書 に詳しく書かれていますから、そちらもご覧下さい。これは私見ですけれども、グーテンベルグ聖書もフォリオもどうでもよいですが、洋書に限れば確かに日本には、たいした図書館はないようです。日本で蔵書数の多いベストスリーは東大、京大、国立国会図書館です。国立国会図書館にある本のほとんどは和書です。東大、京大にあるのはせいぜい650万から750万程度の本で、これではまちがいなく世界的に見れば二流だと思いますし、しかもその半数は和漢書です。本当に悲しく、寂しく、情けないことです。
 図書館といえばどうしても紹介しておかなければならないシェイクスピアに関する図書館があります。アメリカのフォルジャーシェイクスピア図書館(Folger Shakespeare Library)です。この図書館にはシェイクスピアに関する資料の世界最大のコレクションがあり、シェイクスピア研究の世界の中心となっており、スタンダード石油のオーナーであったHenly Clay Folgerにより資料、土地、建物すべて寄贈されたものです。ここにはシェイクスピア関係を中心に本及び手稿280000点、絵画、版画、彫刻27000を収蔵しているとのことです。この中には貴重なファーストフォリオ 79冊、セカンドフォリオ 58冊?、サードフォリオ 24冊?、フォースフォリオ 36冊以上 が含まれるというのですから、ただただ驚きです。ファーストフォリオ79冊は世界中のファーストフォリオの中のおよそ三分の一です。Folgerは1893年から1928年までのあいだ市井に出まわるファーストフォリオとサードフォリオのほとんどすべてと保存状態の良いセカンドフォリオとフォースフォリオのほとんどすべてを買い占めたようです。しかしFolgerでさえサードフォリオを、およそ24冊しか集められなかったということは、1666年のロンドンの大火で、いかに多くのサードフォリオが失われたかを、うかがい知る事ができると思います。Folgerはこの図書館の場所をアメリカ ワシントンDCの議会図書館の隣に意識的に定め、図書館の建設を開始しました。図書館は1932年完成し開館しましたがFolgerは完成をみることなく1930年に亡くなりました。Folgerはアメリカ史上、最高の愛書狂と言えるでしょう。世界中の図書館は間違いなく彼のためフォリオの入手がより困難になりました。
 ファーストフォリオに限れば1902年には158冊のファーストフォリオの所在が知られており、そのうち100冊はイギリス、39冊はアメリカにありました。2002年現在ファーストフォリオは228冊の所在が知られており、そのうちイギリスに44冊、アメリカに145冊、その他の国に39冊あります。この100年の間にイギリスから金持ち国アメリカに大量に流れたことになります。
 4種類のフォリオを4冊と数えた時、1990年の時点で、アメリカの大学、公共図書館に、全部で561冊あり、これは、世界中のフォリオの半数以上だそうです。日本には現在すべてのフォリオを会わせて少なくとも23冊のフォリオが有り、その内、少なくとも5冊はファーストフォリオです。その中でも特に明星大学にはファースト、セカンド、サード、フォースのフォリオの完全セットが3セット、つまりフォリオが合計12冊があり、前記のフォルジャーコレクションの一部1000点を含む20000点以上のシェイクスピア文庫があります。明星大学のシェイクスピア文庫は世界的にも有名です。日本にある5冊のファーストフォリオは、すべて完全な意味では完本ではないと私は推定しています。ただ甲南女子大学所蔵のファーストフォリオは限りなく完本に近く、国内所蔵の中では一番保存の良いものだと思います。なお世界で最も多くのフォリオを所蔵しているのは前記のフォルジャー図書館ですが、British Libraryはファーストフォリオを5冊所蔵しており、他にHuntinton's libraryはファースト フォリオを4冊所蔵していますから、明星大学のフォリオの3セット12冊は、もしかしたら世界で4番目かもしれません。
 現在ではシェイクスピアは歴史上最も偉大な脚本家、作家であるということには、誰も異論はないと思いますが、18世紀中頃になると、シェクスピアの戯曲も時代遅れとなり、この全集も忘れられてしまい、誰もこの全集に注目しませんでした。18世紀に、この全集を再発見し、その価値を世に知らしめたのはサミュエル ジョンソンSamuel Johnson 1709-1784)です。彼は生前、作家、言語学者として有名でしたが、言語学的方法をとりいれた世界最初の英語の辞書を編集し出版しました。この辞書は1755年に出版されましたが、英語学上、歴史的に最も重要なものとされており、彼を歴史的に有名にする原因になりました。ジョンソンはこの辞書を編集中にシェイクスピアの全集の偉大さにきづき、それを世に出したのです。彼の英語の辞書はその後に出版されたすべての英語の辞書に影響を与えたのみならず、すべての言語の辞書に影響を与えました。またジョンソンは人間に関する多数のユニークな格言を残したので有名です。サミュエル ジョンソン伝 と言う伝記本を、ボゥズウェルという人が出版しましたが、この伝記本のことを、イギリス人でしたら誰も知らない人はいなく、イギリスの知識層のあいだでは、もっとも人気のある伝記本で、必ず何度も読むのが常識だそうです。
 西洋では昔の紙は、シェイクスピアのフォリオの二倍の定まった大きさでつくられました。フォリオはラテン語です。英語ではFOLDつまり〔一回〕折り曲げると言う意味です。そのことからフォリオは、定まった大きさの紙から一回折り曲げた大きさの本 つまり半分の大きさの本という意味になり、それからさらに本中の本であるこの本が一つ折りの大きさの本であったことから単にフォリオといえば、この本を意味するようになりました。フォリオは日本語では一折本と呼ばれることがあります。
 16世紀まで英語は方言の集合体で一定のさだまったものではありませんでした。シエイクスピアのフォリオと欽定聖書(King James Bible 1611年刊)が現代の英語の基礎となったというのが定説です。フォリオは日本では明星大学京都外国語大学甲南女子大学に全4冊そろってあります。天理大学に全体の四分の一のサードフォリオのみあります。近畿大学に、これも全体の四分の一であるフォースフォリオのみ一冊あります。久永内科クリニックには残念ながら4種類のフォリオのうち一番安価なフォースフォリオの一冊のたったの十分の一の約100ペ-ジとファーストフォリオの原葉1葉(1枚)のみしかありません。


↓サードフォリオ(1664年刊)の冒頭のページ 教科書にも出てくるシェイクスピアの肖像画 右ページのまん中の7行はサードフォリオで初めて追加された7種類の戯曲の題名です。     他のサイトのサードフォリオの冒頭のページの写真→ここをクリック


↓ファースト フォリオ〈1623年刊)の冒頭のペ-ジ   ファーストフォリオのSHAKESPEARE'S のスペルが上に示すサード フォリオではSHAKESPEAR'Sになっています *1 
別のサイトのファーストフォリオの冒頭のページの写真→その1  その2


↓ファースト フォリオ(1623年刊) の原葉(137-138ページ) 恋の骨折り損(Laves Labour Lost)の1部分


↓シェイクスピアのフォースフォリオ〈1685年刊)の(シンベリン)の最初のページ

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↓シェイクスピアのフォースフォリオ〈1685年刊)の(ジュリアス シーザー)の最初のページ 

↓(シンベリン)はフォースフォリオの一部分の28ページみですが、製本してあって装丁はバーナード ミドルトンによるフルケンブリッジカーフ〔全子牛皮〕です。写真では見にくいですが、装飾の細かいエンボスがあります。


↓シェイクスピアのセカンドフォリオ(1632年刊)の(ウインザーの陽気な女房たち)の最初のページ  大文字のWは大文字のVを二つ重ねてVVで表しています。 

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*1 Miller's Collecting Booksより



 


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